コイタの周りではなぜかおかしな出来事が起こります。
これはコイタがかなりおかしなやつで類は友を呼ぶ現象なのでしょうか。
コイタ本人としては否定したいのですが・・・。

それではコイタの目が点になったお話を紹介します。気がつきました? 
実はバックは"目が点"の点々です・・・。



目次



コイタに出頭命令が

サカモリコイタダニ

○○○と呼ばれた男 

灯台もと暗し 

コイタが沈めた車の話 

高野豆腐が固かった 

コイタ固まる

なんばかわやんねー




コイタに出頭命令が

コイタは北関東の大学に通っていました。
大学を卒業後、しばらく筑波で研修を受けていたときの話です。

突然、実家から「A警察署から電話があって、至急出頭するようにとのことだけれど・・。
あんたまさか・・・。」
コイタは全く心当たりが無く(ほんとに〜)、訳が分かりませんでした。

急いでドキドキしながらA警察署に電話をしたところ、とにかく来てくれとのこと。
そこでそれから2日後、コイタはいったいどーゆーことなのか
全くわからないまま警察に出頭しました。
こんなことは生まれて初めての体験なので(何度もしたくない!!)
しんみょうな顔をしながらある部屋に入りました。

とりあえず逮捕はされずにほっとしていると警察官が入ってきました。

「あなたがコイタさんですか。」
「はい。」

「○○新幹線知ってますよね。」

「はい。(?)」

「そこの高架の下にですね。」

「はい。(何の話しだ?)」

「ごみが山積みになっているんです。」


「へ?」

「そのごみを調べたところ、底の方から
あなたの水道料金の領収書が出てきたのです。」

「なんのこっちゃ。(もちろん心の中)」



「あーっ」。
そのときコイタは思い当たりました。引っ越しの時、通りすがりの廃品回収業者が
いらないバイクを持っていくときに、ついでに捨ててやるといって、
コイタのいらない紙屑の入った黒いビニールを持っていったのです。

「ごみがごみを呼んで、いまではごみが山のようです。
こういう場合あなたに片付けてもらわないといけません。」

そうです。廃品回収業者が新幹線の高架下に私のごみを投げ捨てたのです。
現場を見に行ってびっくり。あるわあるわ・・・

汚い雑誌、ビン・缶、ストーブ、布きれ、発砲スチロールなどなど。
ほんとうにごみが山のようです。
コイタは泣く泣く後輩に焼き肉食い放題という条件で
トラックと人力を提供してもらい、ごみを片付けました。
燃えるものはその場で燃やしても、まだ軽トラック一杯分ありました。




サカモリコイタダニ

コイタはお酒が好きで、みんなで飲んで騒ぐのが大好きです。
ある日、職場のHさんが嬉しそうな顔をして、コイタのことを呼びに来ました。
「ちょっとこれ見てよ。」 その人が指さしたのは日本ダニ類図鑑です。
(コイタの職場にはクモとかダニが好きで(?)、クモの研究をしている人がいるのです。)
そこにはダニの一種でサカモリコイタダニ(酒盛りコイタダニ)というのがいたのです。(実話)
「ダニの図鑑にこんなのが載ってるんだよ〜」 
まあ、独身時代のコイタの部屋は汚くて有名でしたから、
二重に適合している奴なんですが、
なんか他人の気がしませんでした。おいおい・・




これがサカモリコイタダニだ






○○○と呼ばれた男

コイタは北関東の大学に通っていました。あ、これさっき書きましたね。
そのころは仲間とふらふらになるまでよく飲んでおりました。
ある時も雨の中を仲間5、6人でおんぼろ屋台に飲みに行きました。
その店はサントリーレッドのボトルに詰めなおした焼酎一本が
当時1000円か2000円(倍も違うぞ)の格安店でした。
(この店で飲むとみんな足腰にきてふらふらになるんですが、
今から思うと何が入っていたんだろう?)
その帰り道、一人の家に行ってもっと飲もうと言うことで、
たんぼの細道を帰っていく途中で
ひとりが田植え直前のたんぼにみごと頭から落ちてしまったんです。

そいつはあろうことかひとりで落ちるのはイヤだともうひとりを突き落としました。
あとは吸血鬼に血を吸われた人が吸血鬼になるように
全員が次々に泥だらけになったのでした。
その後、暴れたせいかゲロを吐く奴もおり、
親切なコイタはそいつの口に手を突っ込んで吐くのを助けてやりました
(え、もちろん道ばたに水道はありませんから手はドロドロです)。
結局みんな疲れて最初に向かう予定の友人宅でシャワーに入って泊まったのでした。
次の日はとてもいい天気でした。
まぶしい日差しの中をコイタはシャツだけ新しいのを借りて、
泥々の下着と上着は黒ビニールに入れ、持っていた黒い傘にしばって肩に背負って
自分の下宿に歩いて帰りました。
そのとき最初にたんぼに落ちた友人の彼女(当時女子高生)と
アパートの近くですれ違ったそうです。
コイタとは面識もないのでこちらは当然気が付きません。
その彼女は友人のアパートを訪れ、友人たちに興奮気味にこう語ったそうです。

「わたし、この町に17年住んでるけど乞食をはじめて見た!!」




灯台もと暗し

コイタはよく言われるんですが自然に笑いがとれてしまうキャラクター
(本人は、あくまでまじめのつもりです)だそうです
(うちの奥さんはそう確信している)。
以前も学会発表で(大それたことを・・)
写していたスライドのすみがむらになっていたので、
つい、お詫びのつもりで「このへんが(指示棒で指しながら)
ムラムラしていますが」と言ったら大笑い(ひえー)。

そんなコイタの一番恥ずかしかったのは
「灯台もと暗し」に関する勘違いでしょうね。
私、これ子供の頃に習った「大正デモクラシー」の仲間だと思っていたのです。
字で書くと「東大モトクラシー」と言って、
東大の偉い人がとなえた民族主義だと思っていたのでした。
え、いやですよ〜中学ぐらいの時ですって・・。




コイタが沈めた車の話

コイタは大学の1年生の時に車の免許を取りました。
夏休みに千葉の実家に帰省しているときの話です。
コイタは友達と二人で夜中にこっそり父親の車をかりて
九十九里浜までドライブに出かけたのです。

車種は中古のカローラでした。「かいちょー、かいちょー」
初心者でしたが無事に海岸まで着きました。
そこで友達が「波打ち際を走ろうぜ」と言い出したのです。
止せばいいのにコイタは「よーし、コマーシャルのように海岸を走ろう」と
波打ち際までおりて車を走らせました。
そこで友達が「ちょっと止めてくれ、小便だ」
というのでコイタは車を止めました。

実はここで運命は決まったのです。
さて出発しようにもタイヤが空回りして全く動きません。
ぼろ布、ダンボールなどいろいろ敷いてみてもダメ、
おもいっきり押してもダメでした。
そうこうしているうちに、海が満ちてくるではありませんか
(九十九里は遠浅で有名です)。

明け方には車は完全に水没しました。
登る朝日をバックに沈む車を見つめ、
友人と砂だらけになったコイタは防波堤に座り込み、
「ああ・・レコードのジャケット写真みたいだ」と呆然と車を眺めるだけでした。
悲劇はそれだけでなく、
中に砂の詰まったこの車を引っぱり出すのが一苦労でした。
トラックのウインチでは歯がたたず、
大型トラクターでやっと引っぱり出しました。

そして実家から別の車を借りてきた父親に牽引してもらって家まで帰りました。
車ですか?
当然廃車です。
御父様,御母様ごめんなさい。
皆さんも車で海岸線は走らない方がいいですよ。



高野豆腐が固かった

コイタが学生時代の話です。
コイタは無謀にも原付バイクで九州一周を計画しました。
しかし出発前に千葉市の国道でバイクで事故にあい、
(乗用車の過失でした)前歯1本と半分を折り、
さらに上あごの骨を骨折してしまい、緊急入院しました。

治療法としては手足の骨折と一緒で固定するんですが、
針金で上の歯と下の歯をギリギリしばるという治療法です(かなり乱暴)。
そのままで約1ヶ月骨がくっつくのを待ちました。当然、口は開きませんね。
というわけで
コイタの食事は朝1缶、昼1缶、夜は豪華に2缶の流動食となってしまいました。
(今思い出すとカロリーメートのようなものでした。)食事時間が早い早い、
「いただきます」から「ごちそうさま」まで約1分です。

かなり入院が長くなったころ、
どうしてもしょっぱいものが食べたくなり
病院の地下のうどんの自動販売機でうどんを買い、
折れた前歯1本分の隙間からうどんを食べようとしましたが、
これが至難の業で、泣く泣くスープだけを飲みました。

ところで、
上あごと下あごのズレを歯の針金をペンチで引っ張って直すときの痛かったこと。
涙が勝手にぼろぼろこぼれました
(コイタの生涯の中の痛さランキングでも1、2をあらそいます)。

しかし、そんな生活に終止符を打つときが来ました。
針金をはずす日が来ました。
ところがまだ苦労は終わっていなかったのです。
人間の筋肉は動かしていないと、なまって動かなくなるのをご存じでしょうか。
そうです。コイタは口が開かなくなったのです。
思いきり開いて1.5cm位です。

「これじゃあ、ゆで卵なんて一生かじれない・・・ガーーン」
「リハビリすれば大丈夫です」と先生は言ってくれました。
そしてコイタはネジの付いたUの字型の機械で
毎日少しずつ口を開いていったのです。
(おかげさまで現在は何ともありません。
当時は口が開くことのありがたさを痛感しましたね。)
そしていよいよ、重湯から食事ができるようになりました。
その日出てきたメニュウは重湯と直径1cm位に細かく刻んだ高野豆腐の煮物です。
コイタは待ちきれずに急いで口に高野豆腐を運びました。
コイタの口の筋肉はかなり弱っていたんでしょうね。一言、

「この高野豆腐、噛み切れないぐらい固いーーー」



コイタ固まる

コイタが職場でパソコンを買いました(Power Macintosh 7100/80AV)。
そこで、早速プリンターも買うことになりました。
そしてしばらくして、コイタが出張から帰ってくると
部屋の中にプリンターが箱のまま置いてありました。
「あっ、プリンタが来てる。うれしいな。でも箱のままか、しょうがないな〜。」
と、このへんはにこにこしていました。「早速、つなげて印刷しちゃお。」
てな感じで、ごそごそ接続をしました。
「あれー、印刷できないなあ〜。うーん、わからない。」
コイタはマック初心者でプリンタドライバーなどの説明書を見ても、
うまく設定できなかったのです。

そこで、初心者がまず初めにすること、職場のマックな人に聞いてみました。
やさしいK野さんはいつもコイタのマックの面倒を見てくれます。
そのK野さんも「私にゃわからんから、メーカーか、
買った所で聞いてみて。」とギブアップです。
(コイタは内心、K野さんも分からないならコイタに分からなくて当然だな、
と安心していました。)
そこでコイタはメーカーのサポートに電話をしましたが、
電話は当然(笑)つながりません。

そこで事務の人に、「買った所の人を呼んで。」と頼みました。


ここでいよいよこのお話の主役の登場です。

しばらくして、○×電気の担当者がやってきました。
「すみません、プリンターが動かないんですよ。」とコイタは話しました。
担当者は「プリンターとパソコンの電源はどこですか。」とコイタに聞きました。
(あれ、知らないのかな?)コイタの脳裏には一抹の不安がよぎりました。
「ここですけど。」とコイタは電源を入れました。
「どこかで、機能拡張ファイルが、ぶつかってるんですかね〜。
とコイタが聞きました。
マックでは機能拡張のファイルが干渉し合ってフリーズしてしまうことが、
時にしてあるそうです。
すると担当者は突然プリンターの後ろや横を、目を皿のようにして見た後、

「このプリンター、どこかにぶつけたんですか?」
とおっしゃりました。

その時点で、コイタは調子の悪いマックのように固まってしまいました。

その後ですが、担当者には早々にお引きとり願い、
なんとか自分で動くようにしました。


 

  なんば,かわやんねー

コイタが熊本に住んでいたときの話です。
ある日,コイタは熊本の人と二人で買い物に行きました(男の人です、念のため)。
その買い物の中身はバーベキュウの材料を買いに行ったのですが,
コイタは元々は千葉県人なので,熊本弁で早く会話されると,
ちょっと???となる時もありました。

その頃,コイタは千葉で買ったおんぼろカローラに乗っていたのですが,
その車で買い物に行ったのでした。
そしてスーパーマーケットに着き,その人が
「なんば,かわやんねー」と言いました。
コイタはそこで「ナンバー変えやんねー」
(ナンバー変えなきゃいけないねー)と聞き取り,
「このままにしておくと,税金を実家の親父が払ってくれるから,
このままでいいんです。」と答えました。
(なんで,そんなことを聞くのかな?と思いましたが)。
相手は???になりました。

そうです。彼の言った「なんば,かわやんねー」は,
なんば(何を)かわやんねー(買わなきゃいけないの?)
という意味だったのです。

あとで,二人で大笑いしました。


 
他にも息ぬ記にくだらない話を書いています。



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