そして誰もいなかった
そして誰もいなかった




わたし、高校時代ワンダーホーゲル部に入っていました。
(まあ、登山部のようなものです。)

今でも山に登りますが、あの頃に比べたら随分軟弱路線です。
そりゃ〜 一応高校総体の予選ぐらいには出てましたからね。
総体の予選は山登りって言うよりかけっこでしたね。
しかしあの頃は誰か雨男がいたんでしょうが、山に行くたびに
いつも雨が降ってました。


私じゃないですよ。だって月に35日雨が降るっていう屋久島の
宮之浦岳に嫁さんと一緒に登ったときだって3日も晴れてましたから。


高校2年の夏合宿で北アルプスの常念岳から槍が岳に縦走したときも
晴れたのは登る前の日と下山した日だけでした。
も〜悲惨のひとこと。
 
そんな昔のお話を・・
その日、私たちは今回の縦走のクライマックスとも言うべき
槍が岳をめざして東鎌尾根というところを登っていました。

そして、その日の幕営地の西岳ヒュッテと言う山小屋に着きました
貧乏高校生でお金がないので当然テント泊まりです。
そりゃそうですよ。小屋の1リッター50円の水も買えずに1時間かけて
水をくみに行くぐらいですから。
まわりにはやはりテント泊りの人たちのテントが2、30個は張ってありました。


その晩は暴風雨でした。標高2500mの嵐はひどい・・・
我々はテントが壊れないように一晩中テントのポール(棒のことです)を抱いて
すごしました。(しっかり曲がっていましたが・・)


翌日は天気も少し持ち直し、ああひどい夜だったとテントからはい出しました。



そうしたらですよ

ゆうべあんなにあったまわりのテントが

ひとつもないんです


我々は目を疑いました。
みんなゆうべの暴風雨で飛ばされたのか!!!


そんなわけありません。
みんなテントをたたんで山小屋に避難していたのでした。

  結論

貧乏人は強い。

 避難するなんて少しも思いつかなかった私達でした。






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